広島県福山市の魅力をエリアごとに解説!新市・神辺エリア編

こちらの記事では、広島県福山市の新市・神辺エリアの魅力について解説していきます。

前回の記事では、広島県福山市の沼隈・内海エリアの魅力について解説しました。前回の記事はこちら。

目次

福山市とは

福山市は、広島県東部に位置し、岡山県との県境に隣接する中核市です。

古くから瀬戸内地域の交通・物流の要衝として発展してきた歴史を持ち、城下町としての風情を残しながらも、産業や文化の中心地として独自の魅力を形成しています。

また、近年は「鞆の浦」をはじめとする歴史的景観や、「バラのまち」として知られる都市ブランドの発信など、観光資源の磨き上げにも力を入れています。

こうした背景から、福山市は“ものづくりのまち”としてだけでなく、“人が訪れるまち”としての価値を高めつつあります。

新市・神辺の名所

1. 菅茶山記念館

神辺町はかつて山陽道(西国街道)の宿場町として栄え、多くの文人が往来しました。その中心人物が、儒学者であり漢詩人としても名高い菅茶山です。

1992年(平成4年)に開館したこの記念館は、茶山の業績や彼と交流のあった文人たちの資料、さらには神辺町ゆかりの美術作家(日本画家の金島桂華など)の作品を展示・研究する施設です。

記念館の正面玄関沿いには小さな水路が設けられています。これは茶山が開いた私塾「廉塾」に現存し、塾生たちが筆や硯を洗ったといわれる水路をイメージして設計されたものです。

茶山は「水は方円の器に随(したが)う(水は器の形に合わせて変わるように、人も教育や環境によって善くも悪くもなる)」という理念を持ち、多くの門人を育てました。記念館では、こうした茶山の教育者としての側面や、当時の文化的なネットワークを学ぶことができます。

2. 葛原しげる旧宅

童謡『夕日』(ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む…)の作詞者として知られる葛原しげるも、この地域の出身です。

葛原しげるは「いつもニコニコ、いつもピンピン」を信条とし、地元では親しみを込めて「ニコピン先生」と呼ばれました。晩年は福山市内にある至誠高等女学校(現・至誠女子高等学校)の校長を務めるなど、郷土の教育に深く貢献しました。

神辺町八尋にある生家は、しげるの祖父であり盲目の箏曲家として名高い葛原勾当が設計したものです。

家の門前には「葛原しげる先生童謡碑」が建立されており、日本の童謡文化と教育に捧げた彼の生涯を偲ぶことができます。

3. 備後国分寺

神辺町下御領に位置する備後国分寺は、奈良時代(741年)に聖武天皇の詔によって建立された官寺の後継寺院です。

発掘調査により、創建当時は一辺約180メートル(600尺)の寺域を持ち、金堂を西、塔を東、講堂を北に配置する「法起寺式」の伽藍配置であったことが判明しています。

この寺院の歴史は災害との闘いでもありました。中世の戦火で焼失した後、江戸時代の1673年(延宝元年)には、近くを流れる川の氾濫により堂舎が壊滅的な被害を受けました。現在の本堂は、その後の1694年(元禄7年)に、水害を避けるため元の位置より北側の山裾に再建されたものです。

4. 堂々公園と六番砂留

備後国分寺を流失させるほどの暴れ川であった「堂々川」を治めるため、江戸時代中期以降、福山藩によって多くの砂防ダム(砂留)が築かれました。これらは「堂々川砂留群」として国の登録有形文化財になっています。

砂留群の中で最大規模を誇るのが「六番砂留」です。高さ13.3m、長さ55.8mに及び、城壁を思わせる精緻で巨大な石積みは圧巻です。近世最大規模の砂防堰堤群で江戸時代にできた石積みの砂留で現在も機能しているものとしては日本一です。

六番砂留の周辺は、日本庭園風の「堂々公園」として整備されています。

秋には県内最大級といわれる彼岸花の群生地となり、石積みの景観と赤い花のコントラストを楽しむ多くの人で賑わいます。また、地域住民の保全活動により、夏にはホタルが舞う清流としても知られています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
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