広島県福山市の魅力をエリアごとに解説!鞆の浦エリア編

こちらの記事では、広島県福山市の鞆の浦エリアの魅力について解説していきます。
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目次

福山市とは

福山市は、広島県東部に位置し、岡山県との県境に隣接する中核市です。古くから瀬戸内地域の交通・物流の要衝として発展してきた歴史を持ち、城下町としての風情を残しながらも、産業や文化の中心地として独自の魅力を形成しています。また、近年は「鞆の浦」をはじめとする歴史的景観や、「バラのまち」として知られる都市ブランドの発信など、観光資源の磨き上げにも力を入れています。こうした背景から、福山市は“ものづくりのまち”としてだけでなく、“人が訪れるまち”としての価値を高めつつあります。

鞆の浦の名所

1. 常夜灯

鞆の浦のシンボルとも言えるこの石造りの燈籠は、1859年(安政6年)に西町の人々によって寄進されました。

基壇からの高さは10メートルを超え、現存する江戸時代の常夜灯としては日本最大級の大きさを誇ります。

竿柱の南面には「金毘羅大権現」、北面には「当所祇園宮(現在の沼名前神社)」という石額が掲げられており、航海の守護神への信仰と、入港する船の目印としての灯台の役割を果たしていました。

地元では「燈籠塔」と呼ばれ親しまれており、「雁木」と呼ばれる潮の干満に関わらず荷揚げができる階段状の船着場の先端にそびえ立っています。

2. 太田家住宅

この建物は、鞆の浦名産の薬味酒「保命酒」の蔵元であった旧中村家の屋敷であり、明治期に廻船業を営む太田家が受け継いだものです。1991年に国の重要文化財に指定されています。

主屋を中心とした9棟からなるこの屋敷は、瀬戸内海を代表する商家建築です。網代(あじろ)天井や市松模様の土間、海鼠(なまこ)壁など、当時の富豪が贅を凝らした「デザイナーズハウス」とも呼べる粋な意匠が随所に見られます。

保命酒はもち米、焼酎、16種類の薬味を使った薬味酒で、江戸時代には鞆の特産品として栄えました。太田家住宅にはかつての醸造蔵などが残っています。

また、1863年(文久3年)、尊皇攘夷派の三条実美ら7人の公家(七卿)が京都を追われて長州へ向かう途中、この屋敷に宿泊したという記録が残されており、「鞆七卿落遺跡」としても知られています。

3. いろは丸展示館

1867年(慶応3年)、坂本龍馬率いる海援隊の「いろは丸」が紀州藩の軍艦と衝突し沈没した「いろは丸事件」に関する資料館です。

展示館の建物は、江戸時代に建てられた「浜蔵(大蔵)」と呼ばれる大きな土蔵をそのまま利用しており、太い梁や白漆喰の壁など、当時の港町の倉庫建築の特徴をよく残しています。建物は国の登録有形文化財です。

館内には、海中から引き揚げられたいろは丸の船体の一部や積荷、沈没状況のパノラマなどが展示されています。

2階には、龍馬が鞆の浦滞在中に命を狙われないよう身を潜めたとされる「桝屋清右衛門宅」の隠れ部屋が再現されており、精巧な龍馬人形と共に人気の撮影スポットとなっています。

4. 福禅寺 対潮楼

平安時代創建と伝わる福禅寺の客殿として、江戸時代の1690年頃に建てられたのが対潮楼です。

海に面した高台にあり、座敷からは仙酔島や弁天島が浮かぶ瀬戸内海の絶景を一望できます。江戸時代には朝鮮通信使の迎賓館として使われ、1711年に来日した従事官・李邦彦はこの景色を「日東第一形勝(日本で一番美しい景勝地)」と称賛しました。

前述の「いろは丸事件」の際、坂本龍馬ら海援隊と紀州藩が実際に賠償交渉を行った場所の一つでもあります。

また、アニメ「サザエさん」のオープニングや谷村新司さんのCDジャケットにもその風景が使われるなど、多くの人々を魅了し続けています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
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